特別企画
博士課程採用者による
座談会

研究支援を、
研究者と同じ目線で、同じ気持ちで。
博士号を持つ職員が語る、
仕事としての日本学術振興会。

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    研究事業部
    研究助成第三課

    専門員 M.A.

    (2007年4月採用)

    2002年3月
    京都大学理学部卒

    2008年1月
    京都大学大学院 理学研究科
    物理学・宇宙物理学専攻博士課程修了

    *2004年
    日本学術振興会特別研究員DC1採用

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    国際統括本部
    国際事業部研究協力第一課

    主任 R.M.

    (2016年4月採用)

    2011年3月
    東京工業大学理学部卒

    2016年3月
    東京工業大学大学院 理工学研究科
    化学専攻博士課程修了

    *2014年
    日本学術振興会特別研究員DC2採用

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    経営企画部
    国際先端研究拠点形成推進室

    主任 H.K.

    (2017年4月採用)

    2009年3月
    筑波大学第二学群生物資源学類卒

    2015年3月
    筑波大学大学院生命環境科学研究科
    生物機能科学専攻博士課程修了

    2015年4月
    筑波大学 生命環境系にて、研究に従事

    2016年4月
    筑波大学 北アフリカ研究センター 研究員

    *2013年
    日本学術振興会特別研究員DC1採用

    *2015年
    日本学術振興会特別研究員PD採用

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    国際統括本部
    国際企画部 国際企画課

    係員 S.I.

    (2018年1月採用)

    2012年3月
    名古屋工業大学工学部卒

    2017年3月
    名古屋工業大学大学院 工学研究科 未来材料創成工学専攻博士課程修了

    2017年4月
    名古屋工業大学神取研究室 研究員

    *2015年
    日本学術振興会特別研究員DC2採用

研究者と地続きの仕事

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日本学術振興会(学振)に就職した経緯を教えてください。

M.A.
M.A.

大学に入る前から研究者志望でしたが、D2の終わり頃、家族の病気と経済的な事情から就職を決意しました。ただ研究者を辞めても研究者の世界に何らかの形で関わり続けたいと考えて研究支援職を探しました。そのとき、ふと「学振があるじゃないか」と思いついたんです。在学中に特別研究員(DC)として学振から給与をもらっていましたから。学振のウェブサイトで採用ページを見ると、ちょうど募集していたので、じゃあ、受けようと。学振で博士学位の取得者を対象にした採用が正式に始まる(2015年度)より前の2007年採用です。

R.M.
R.M.

私は博士採用開始後の2016年度に就職しました。研究者になろうか悩んでいるとき、研究室をぐいぐい引っ張るより、研究者を支える役割を担いたいと思えたことと、研究者の好奇心に基づく研究を分野を問わずボトムアップで支援している機関は他にないことが、学振を選んだ理由です。

H.K.
H.K.

私の経歴は少し変わっていて、修士を出て、2年だけですが、民間企業で工場の生産管理の仕事をしました。でも、やっぱり基礎的な研究をしたいと、もう一度学生に戻って博士を取り、1年間のポスドクを経て、2017年度に学振に入りました。研究生活を送るうち、研究室間の資金格差の広がり、自由な研究がしにくくなって、あらかじめ成果の見込める流行の研究が増え、多様性が失われつつある状況を肌で感じて、基礎研究を支える仕事への興味が強くなっていったからです。M.Aさんと同じく、そういえば自分も特別研究員(DC, PD)で、学振の支援を受けているじゃないかと気づき、学振のホームページから博士採用の案内を見つけました。

S.I.
S.I.

私も学振との関わりの最初は、特別研究員(DC2)に応募して採用されたことです。学部から博士1年まで実家から1時間かけて大学に通っていましたが、特別研究員になり、生活費として給与を支給してもらえるようになったので、大学から5分のところに部屋を借りましたね。研究に集中できる環境を作ることができたのはありがたかったです。一方、研究室の後輩の学生から相談を受けてアドバイスをしたり、共同研究で他の研究室の人たちと交流したりした経験を通じて、自分が研究を進めるより、みんなの研究を発展させるための支援をしたいという思いが強くなってきたんです。博士2年から3年にかけてURA(リサーチアドミニストレーター)や研究機関の事務方などを受験したのですが、残念ながら落ちました。実は学振にも挑戦したのですが、最終面接で落ちています。

狭き門なのですね。

S.I.
S.I.

博士枠で採用されるのは毎年1人か2人程度です。私の場合、面接で落ちたあと研究室の教授に相談に行ったら、「君の考えている進路は面白い、もう1回チャレンジしたら」と言って下さったんです。まだ研究でまとまっていないところもあったので、科研費で雇ってもらい研究を続けながら、再度就職活動を行い、最終的に学振に入ることができました。教授の言葉に背中を押された部分はあると思います。

研究者への未練はありませんでしたか。

S.I.
S.I.

今考えると1回目の就職活動では未練を感じていたんだと思います。2回目のときは自身の研究にもまとまりがついて、次の道へ進みたい気持ちが強くなっていました。

H.K.
H.K.

研究への未練は、面接で必ず聞かれる定型質問です(笑)。私は学振に来たとき、自分の中から研究者の立場をぶちっと切る感覚はありませんでした。研究者と研究支援職は、スイッチのオンとオフのようにはっきり分けられるわけではなく、塩梅なんだと思います。言いかえると、研究に対する距離感の違いです。私は一歩引いた距離感で、研究に関わりたかった、と面接では伝えました。

M.A.
M.A.

その感覚は、学振にいる博士のみなさんが共有していると思いますね。研究現場で得た知識、経験を持ったまま学振に入ってきますから。

R.M.
R.M.

昔お世話になった先生から、研究支援に対する率直なご意見をいただくこともありますが、そういう機会があるのも、研究者の経験があるおかげでしょうね。

研究で培ったものが活かせる、と。

M.A.
M.A.

もちろん仕事の内容は180度違います(笑)。

S.I.
S.I.

研究者でも分野を変えれば、研究生活を一度リセットすることになりますよね。それと似たようなものかもしれません。それまでの研究が無駄になることはありません。

一言一句に腐心

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具体的なお仕事について伺います。
これまで取り組んだプロジェクトで特に思い出深いものはありますか。

M.A.
M.A.

科研費改革が印象に残っています。2016年4月に新設された研究事業部研究助成企画課に異動することになりましたが、ここがまさに科研費改革の中心的役割を果たす部署でした。私が担当することになったのは、挑戦的研究(新たな学問分野を切り開くような研究を促す新種目)における新しい審査方式の導入に向けた準備です。従来方式とがらりと変わる大規模な変革なので、着任後すぐ、思わず課長に「来年度からですか?」と聞いてしまいましたが、「今年度から」との答えでした。焦りましたよ。公募がスタートするのは9月。ということは夏までにアウトラインを作らないと間に合わない。

従来方式との違いのポイントは?

M.A.
M.A.

従来は、2段審査といって、研究者が提出した研究計画書を読んで点数を付ける書面審査と、書面審査を担った審査員とは別の審査員が、その審査結果に問題かないか確認する合議審査に分かれていました。新方式は総合審査といって、書面審査に当たった審査員が一堂に会し、点数順で評価する代わりに、議論して決めることにしたのです。異なる意見をぶつけ合って、よりよい研究を選ぶためです。その審査会がスタートするのは次の年の5月なので、それまでに関係する規程類や審査員が読む審査マニュアル類、さらには関係する事務マニュアルをすべて書き換える必要がありました。学振、文科省で何度も会議を開き、それぞれの議論を踏まえて短時間で作業を進めなければならないので、大変でしたね。

H.K.
H.K.

私が学振に就職したのはちょうど科研費改革が始まった後で、最初に配属された研究助成企画課では、主に改革の評価に携わりました。変革前後で、新たな審査区分の影響で公募の動向がどう変わったのかなど様々なデータから分析し、今後の改善点を洗い出していく作業です。このとき痛感したのは、申請書や各種マニュアルで書かれている文章の一言一句に細心の注意を払わなければならないということです。誰もが損にならないような丁寧な表現にしないといけないと骨身にしみました。

M.A.
M.A.

申請書の指示書き一つとっても、ある応募者は10分で理解できるかもしれませんが、その表現に不慣れな別の分野の研究者は30分かかるかもしれません。極力、応募者がそうした部分に時間をかけずに書けて、なおかつこちらが必要十分な情報を得られるような指示書きでなければならないんです。科研費の応募は毎年10万件もあります。1人5分節約すれば、50万分もの作業時間の節約になる。この意味で、変な書式を作ると、研究者から研究時間を奪うことになるんです。

H.K.
H.K.

どんな立場の人でもこちらの意図したとおりに解釈してくれるような文章は決して1人では作れません。いろいろな立場の人に目を通してもらい、何度も叩かないといけないんです。

S.I.
S.I.

フィードバックをもらうのは大事ですね。私は20年4月から国際統括本部国際企画課におりますが、このところ、国際交流事業(国内研究者の海外派遣や海外研究者の国内招聘などを推進する事業)の審査体制を一部変更することになり、スケジュール管理、審査員の人数、選び方、審査方法について改めて検討を進めております。科研費改革ほど大きな制度変更ではありませんが、複数の部署に影響が及ぶので、各部署に意見を求めて調整することが大切になってきます。

はじめての
リモート形式での審査

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コロナ禍の特有のご苦労もありましたか?

R.M.
R.M.

2021年度まで研究助成第一課で基盤研究(A)と言われる種目の審査の事務に関わっていましたが、特に(2021年2~3月に行った)2020年度の審査の準備が大変でしたね。

新型コロナの流行がはじまって1年くらい後の時期ですね。

R.M.
R.M.

はい。それまでは全国から審査員に学振の本部(千代田区麹町)に来てもらって会議を開いていましたが、審査会は毎年2月頃の1ヶ月間に、1日あたり複数の会議を連日開催していました。2019年度の審査は2020年2月頃に行われました。新型コロナウイルスについて盛んに報道される時期でしたが審査員の方々の協力もありギリギリ全ての会議を完了させることができました。しかし2020年度の審査に関してはさすがに集合形式では審査会を開けず、リモート会議形式で開催することになりました。

素人考えですが、リモートの方が楽じゃないかという気も……。

R.M.
R.M.

リモート形式は、審査員の先生方には大変好評ですね(笑)。出張しなくていいですから。われわれにとってもメリットはあります。総合審査は議論することに意味があるので、審査員が全員出席できる日時を見つける必要がありますが、これが難しいんです。時には、すでに予定が入っている日時をずらしてもらってまで、日程調整しなければならないこともある。しかしリモート形式の会議ならわざわざ出向いてもらわなくても好きな場所から参加できるので、日程調整の自由度が増しました。ただし、リモートの場合、セキュリティの担保が課題です。研究アイデアや研究者に対する評価といった機密性の高い資料を、対面ならその場で渡せますが、リモートなら事前に送らなければならない。

盗難されたり紛失したりといった事態を防ぐ手立てが必要になるわけですね。
気軽に話し合うリモート会議とはワケが違うと。

R.M.
R.M.

平均して6〜8人程度の審査員、同席する事務方など含めて10人強が参加する会議を、1カ月半で80程度開くことになるので、会議参加者全員の接続環境も心配の種でした。参加者全員が円滑な双方向コミュニケーションを会議のあいだ中、ずっと途切れることなく安定的に行うことを保証するには何が必要か検討しましたが、結局、リスクを減らすしかない。外部の業者さんの力も借りて、何度も事前の接続テストを繰り返しました。というのも、会議を遅らせたり、やり直したりする事態を避けたかったからです。例年、科研費に採択されると、4月1日に内定通知が出て、その年の夏に資金が研究機関に振り込まれます。その内定通知を根拠に一旦、所属機関に立替てもらって装置を購入する研究者もいます。もし内定通知が遅れると……。

玉突き式に影響が広がる。

R.M.
R.M.

装置が購入できず、研究に支障を来すことになりかねません。はじめてのリモート形式の審査なので、手探りでしたが、他の部署とも協力して、何とか審査を終えられました。

H.K.
H.K.

2020年4月から経営企画部国際先端研究拠点形成推進室に所属しています。世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)に関わる審査、評価などに取り組んでいます。審査、評価といっても科研費と違って、研究拠点に評価者の先生方が足を運び、拠点長などの幹部からの拠点概要説明と質疑応答、主任研究者の発表、研究施設見学、若手研究者のポスターセッション、評価者の先生方と若手研究者との懇談を含む現地視察を行うのが特徴で、例年夏に実施されます。2020年はリモート形式で拠点長などの幹部からの拠点概要説明と質疑応答くらいしかできなかったのですが、2021年は同じリモート形式でも、例年対面で実施してる項目を全て網羅できるよう工夫しました。そこで一番のハードルとなってくるのが、リモート形式での若手研究者のポスターセッションです。いかにセキュリティの高い環境で、オンラインでポスターを見ながら、若手研究者と評価者でやりとりするのか。情報システム室の担当者らと、どの業者のどういうサービスなら大丈夫なのか検討を重ねました。われわれ事務方も当時、感染状況に合わせて在宅勤務と出勤を組みあわせていましたが、最悪の場合、担当者全員が在宅勤務でも大丈夫なようなマニュアルも作りました。こうして何とか当日を迎えましたが、結果的には、対面と遜色のない視察ができたと思います。

博士の強み

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学振のお仕事には、大小様々なレベルでの制度設計や、制度運用の改善があります。
その中で、博士の強みはどのあたりにあると思われますか?

M.A.
M.A.

自分なりのスタンダードを持っていることですね。制度に関わる作業をしているとき、研究者のバックグラウンドが判断基準になっています。

R.M.
R.M.

日々の業務で、判断に迷ったとき、自分の研究経験に照らして判断することはよくあります。もちろん自分の出身分野の常識に偏ってもいけないので、注意して様々な意見を聞くようにしていますが、経験に基づくスタンダードを持っていることは博士の強みの一つだと思いますね。

学振に博士がいることは、現場の研究者にも安心感を与えるかもしれませんね。

H.K.
H.K.

研究者から見れば、自分たちの気持ちを代弁してくれる人が学振にいると、安心されるところはあるでしょうね。実際に代弁できているかどうかはさておいて。

M.A.
M.A.

審査員を務めていただいている研究者の先生方に「学位を持っています」と明かすと「お!ほんとに!」という反応が返ってきます。研究活動の内部事情を理解している存在と見られているんだと思いますね。

R.M.
R.M.

私は理学部の出身で、大学院時代の研究はすぐに何か役立つようなものではありませんでした。それでも学振の支援で研究ができた。支えてもらうことの大切さを身をもって知っているからこそ基礎研究を支えたいという思いはあります。

昨今、成果や実用性が重視される風潮が強まっています。
「謎を解き明かしたい」「まだ誰も見ていないものを発見したい」といった自分の興味から
研究する人を支える「最後の砦」としての学振の役割は今後ますます大きくなっていきますね。

M.A.
M.A.

研究は、トライアルアンドエラーのくり返しで進んでいきます。その中で、計画したとおりの結果が出ることもあれば、予想もしなかった結果が出ることもある。難しいのはその結果に対する評価ですが、科研費の場合は役に立つかどうかでその価値を判断してはならないことははっきりしています。着実に成果を出せるか、実用性があるかだけで短絡的に評価されると、研究者が新しい領域に挑戦できないからです。そういう目線で、申請書や審査基準を作らなければなりません。審査会も同じです。会議の進行役である幹事をはじめ、全ての審査員に審査基準などのポイントを説明することも、われわれの大事な仕事です。

H.K.
H.K.

明確なミッションに対して然るべき結果を求められるタイプのグラントもあります。お金を出しているのだから、結果を出さなければならないというのは当然の考え方ですが、学振の事業の根っこにあるのは、研究者に自由に研究をしてもらうという思想だと思います。そこが他の資金配分機関との決定的な違いですね。このご時世といってはなんですが、珍しいかもしれません。

S.I.
S.I.

学振の役割に関して言うと、学振全体として、もっと社会へのアウトプットとして、たとえばアウトリーチに積極的に取り組むことも必要だと考えています。ノーベル賞受賞者が出ると、わっと盛り上がって、学術研究は重要だ、もっと大切にすべきだと皆さん言ってくださるのですが、そういう意識は社会全体になかなか定着しません。しかし学術研究の大切だという意識が国民全体に浸透すれば、研究者はもっと生きやすい社会になりますし、社会もより成長していくと思います。学振の事業としてアウトプットを強化することも大切だと思います。

M.A.
M.A.

高校生を対象とするアウトリーチ系のイベントを開催することもありますが、すごい楽しいんですよ。研究者の講演などを聞いていると、原点回帰じゃないですが、サイエンスって面白いなと自分も思う。ところが、その後、高校生の彼らが大学から大学院に進んで、学位を取って就職するというところに繋がっていかない。構造的な問題があって、なかなかうまくいかない。今、博士課程に進む学生が減っていますが、結局それは就職先がないからですよね。学振だけで解決できるわけではありませんが、この問題にもアプローチしたいですね。以前ほどではありませんが、今も博士は専門知識を身につけた故に使い道がないと思われているようですが、外資系企業には日本の博士取得者を積極的に採用しているところもあります。

先ほどH.Kさんが科研費改革をふり返って評価する作業をされていると話されましたが、
研究者時代に身につけたデータ分析の技術などは学振の仕事にも活かせるんじゃないでしょうか。

H.K.
H.K.

いや、データ分析は別に博士だからできるというものではありません。誰でも勉強すればできますから。エクセルのマクロが作れるとか、何かのプログラムが書けるといったスキルをもっていることに博士の価値があるわけではない。学振で働く博士の価値は、同じく研究経験を持つ者として「現場の研究者はどう受け止めるか」を感じられることにあるかと思います。

S.I.
S.I.

博士を取得するまでに様々なスキルを身につけていますが、それをここですべて活かせるわけではありません。むしろ、スキル以外で身につけた研究者としての考え方などが活きていると思います。

基本的なことを伺いたいのですが、博士取得者と修士までの人の違いはどこにあるのでしょうか。

M.A.
M.A.

よく言われるのは、学部生は論文を読んだときにその内容を理解するのに精一杯だけれども、修士はその要約ができる。それに対して博士は論文に対して客観的かつ批判的な意見を加えることができる、という違いです。研究者として独り立ちするには、問題の本質をつかむ力が必要です。背景証拠を集め、問題点を整理して、仮説を立てる力と言いかえても構いません。相手の話をしっかり受けとめた上で、自分の考えを論理的に伝える力も、博士取得者は高いと思います。科学の世界では、必ず自分とは異なる意見の持ち主がいるので、議論が欠かせません。証拠を積み上げ、議論を尽くすことで、真理に近づいていきます。外資系企業が日本の博士取得者の採用に積極的なのも、彼らが博士採用者を、言われたことを坦々とこなすだけでなく、自分で問題を発見し、仲間と議論しながら対策を講じ、その結果をフィードバックして改善する訓練を積んだ人間として見ているからだと思うんですね。

R.M.
R.M.

自分の研究について説明し、意見をもらう機会は研究者時代にしばしばありました。そういう経験は今でも役に立っています。

M.A.
M.A.

研究支援のための制度設計や運用にも、わかりやすい正解はありません。理念を踏まえた上で、制度に具体的に落とし込むのが難しいんです。どうすればいいのか、日々、議論をしています。

ワーク・ライフ・バランス

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ところで、研究者時代と今と比較して、ワーク・ライフ・バランスについてはいかがでしょうか。
大きな変化があったんじゃないかと思いますが。

M.A.
M.A.

昔は大学院生は働けば働くほどいいという風潮がありましたよ。月月火水木金金で、つまり土日返上で研究室に出てくるのが当たり前で、出て来ない奴はダメだと見なされていました。最近はだいぶ変わっていると思いますが、忙しいでしょうね。それと比べれば雲泥の差です。

S.I.
S.I.

研究者時代は、自分の生活は二の次、三の次で、研究のことがやはり一番でした。それだけ研究にのめり込める良い機会でしたが、学振に入ってからは私生活に時間を割けるようになりました。結婚もして、子どもも生まれたのですが、在宅勤務が増えたこともあって、子どもと接する時間も増えました。妻も仕事をしているので、保育園の送り迎え、家事と育児の分担もしています。それが可能なのは、安定した仕事に就いているからですね。時間の使い方もうまくできていると思います。ワーク・ライフ・バランスという意味では、今の仕事のおかげで、いい基盤ができていると思います。

H.K.
H.K.

当然、ここの勤務形態は規則正しいですし、女性はもちろん男性だって育休も取れます。自分の家庭をすでに持っている、将来家庭を持つつもりだから規則正しい生活をしたいけれども、そうかといって研究から完全に離れるのも嫌だという人はかなりの数いらっしゃると思います。家庭の事情や身体的な問題などで、研究を続けられない人もいるでしょう。その場合、すべてを犠牲にして研究を続けるか、研究のことはきれいさっぱり忘れて就職するかの二択しかないという状況は極端ですね。その意味で、学振は第三の選択肢を提供できると思います。私生活も大事にできると同時に、研究にも貢献できるからです。いい具合のバランスだと思います。

内定獲得の秘訣は?

博士取得者の採用が正式に始まってから学振に就職された方に伺いますが、
学振に就職するためにどんな活動をされたのか、また成功したポイントはどこにあったか教えていただけますか。

R.M.
R.M.

学振のホームページなど、もっぱらインターネットで情報収集しました。職員による説明会には都合がつかなかったので参加していません。成功の秘訣はあまり思いつきませんが、一次面接で研究内容のプレゼンをする前に、その準備をしっかりしたことが功を奏したのかもしれません。

H.K.
H.K.

筆記試験対策として、地方公務員向けの通信講座のコースを申し込みました。文教団体向けの試験教材がなかったからです。研究員として働いていたので、就業時間の前後に時間を作って計画的に勉強しました。一次面接対策としては、専門分野外の方にわかりやすく自分の研究内容を説明するために、直属の上司ではない第三者の研究者にプレゼンを見てもらいました。また、想定問答を用意して、質疑応答や最終面接に臨みました。

S.I.
S.I.

インターネットで情報収集したり、学会の若手の会のセミナーに参加したり、知り合いのURAの方に話を聞いたりしながら、学振に絞りこみました。成功の秘訣をしいてあげるなら、2回、粘り強く挑戦した点でしょうか(笑)。1回目は研究職と迷いながらの就職活動でしたが、2回目は後がない気持ちでした。

学振へ来たれ

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最後に、どんな人材に学振に入ってきてほしいですか。どんな博士取得者と働きたいと希望されますか。

H.K.

H.K.
多様な分野から来てほしいですね。今は学振に博士は両手で数えるほどしかいません。博士採用を続けることで、層の厚みが出てくればいいと思います。そうすれば、改善点をたくさん見つけられるようになります。

S.I.

S.I.
多分野から来てもらえるとありがたいですね。どんな研究をしていたのか聞けるのは楽しいですし。

R.M.

R.M.
研究経験をしっかり積んだ方に来ていただきたいですね。研究経験が充実していれば、自分の研究の意義をわかりやすく説明することもできると思います。この能力が、学振の事業や、学術研究の大切さを外に伝えるときに活かせます。

M.A.

M.A.
博士採用者にはさらに第一線での研究経験、博士の学位に相応しい能力と経験、高度かつ主体的な仕事力があると望ましいです。その前提は、学術の本質、学術振興の重要性、すなわち学振のミッションを理解・共有できる、そして研究者を支える仕事に意欲を持ち、やりがいを感じられることですね。端的に言えば、研究や研究者が好きな人。科研費の審査基準も、本音では「その研究は面白いですか」だけにしたいんです(笑)。もちろん現実には難しい。でも、理想を言えば、研究の成果が見込めるかどうかは問わず、そのアイデアは面白いかだけを基準に審査したい。自分はどんな研究をやりたいのか根本に立ち返って考え抜いた経験をもっている博士の方々なら、この気持ちをわかってくれるんじゃないかと思います。制度を少しでもよくするために、若いみなさんと是非議論したいですね。

今日は、ありがとうございました。

(聞き手、文:緑 慎也、撮影:貝塚 純一)